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08年6月 オーラソーマは セラピーではない!?

英国本校(Art & Science International Acdemy of Colour Technologies, ASIACT)は 近年、
”オーラソーマは 伝統的な意味でのセラピーではありません”、という見解を、通達しています。

日本では 1995年に初めてのトレーニングコースが紹介されて以来、出版されている書籍でも 
”オーラソーマといえば カラーセラピー” として浸透してきたので、
カラーセラピーとはいわないの? と聞いて、びっくりされるかもしれませんね。

実は、ASIACTでは 今までも
カラーセラピスト、というタイトルを与えたことはなく、当初より、カラープラクティショナー、という名称を資格として与えてきました。
現在は更に、プラクティショナーよりトレーニングを積んだ資格として、カラーケアコンサルタント、という資格も設けています。

日本で オーラソーマがみなさんに浸透していく過程では、プラクティショナー、という言葉では分かりにくかったのですし、
カラーセラピスト、という より イメージしやすい言葉が 一般的に使われてきたのは、よかったのです。
各国に沿った諸事情というのがありますものね。

1983年に、医療従事者であった1人の英国人女性を通じて誕生したときのセラピューティックな在り方から、
オーラソーマは 常に進化を続けています。
確かに、創設者の女性も、また、現在のASIACTの学長も オーラソーマの創生期より長きにわたって、
カラーセラピー、として、オーラソーマを紹介していました。

けれど、オーラソーマは、意識と気づきの成長にフォーカスしていくもので、
いかなる医学的症状や、身体的・精神的問題に対して診断や治療をするものではありません。
日本では セラピーということばは ゆるやかに使われているようですが、
諸外国にあっては、セラピー、というコトバから、なんらかの診断や治療をイメージさせてしまうので、
世界54カ国に利用者のあるオーラソーマでは、色による”セラピー”、ということから想起されてしまいがちな誤解を与えないように、
という配慮が 一層 必要になってきたということがあります。

セラピー、という枠を遙かに越えて・・・
オーラソーマ・カラーケアシステム。
それが、最新の、捉え方なのです。
08年4月 あなたのギフトを見つけよう

ギフト・・贈り物、と 一般に解されますが
英語の辞書を調べてみると出てくる、
「天賦の才能」 「天質(talent と同義)」
という解釈が、ギフトの意味としてオーラソーマでよく使われます。
あなたのギフト(天から与えられた素晴らしい資質)を使って 
あなたらしい生き方を示せることは 
あなたの周囲の人に恩恵(ギフト、贈り物)をもたらします。

そう・・例えば、浅田真央さんが 
あの卓越したスケーティングの「ギフト」を磨き上げ、私達に表現してくれると、
それを見ている私達に、感動というギフトが贈られる、といったように。
ギフトは、差し出す側にも 受け取る側にも、幸せや喜びをもたらしてくれるのです。

とはいえ、日常にあって、自分のギフトは なかなか見いだしにくいもの。
日本人は特に、謙遜が過ぎるところもあって、
たとえお褒めのことばをいただいても 素直に受け取りにくかったり、
せっかくのギフト(才能)の表現を ためらってしまうこともありますね。

オーラソーマコンサルテーションでは、
あなたの選んだ4本ボトルに見いだせる色を多方面から見ていくことで、
あなたのギフトを明らかにしていき、
また、気づかないギフトを より活用できるように 視点を向けていけます。
実績と経験と確かな知識をもった窪木のコンサルテーションを是非 ご体験ください。

また、オーラソーマのレベル2以上の講習を受けた方は、
この5月からシステムの中で新しくできる「パーソナルプレゼンテーションスキルコース」で 
あなたの魅力をさらに認識し、それをさしだせるギフトとして、
あなたのコンサルテーションにお客様を惹き付けられるようなプレゼンができるように 
ご指導いたします。
多くのプレゼンや人気のセミナーの経験豊富なカラースピークスで、
あなたのギフトを見つけ、PPS受講、如何でしょうか。
08年2月 価値観のすれ違う人
日常のおつきあいの中で、
「どうして こうなっちゃうのかしら・・」と 思うことって しばしば ありますよね。

誠意をもってやったこと・いったことが
相手に受け入れてもらえない、誤解・曲解される、等々・・

そんなとき、どう感じますか?
・「ひどい!」
・「嫌われちゃったんだろうか」
・「自分ってなんてバカなんだろう」
・「なんとかわかってもらわなくちゃ」
・「どうせあの人は無理解なのよ」
・「関係ない、どう思われたって」
・・・等々、まだまだ 色々。

トランスパーソナル心理学を実践する 諸富祥彦氏は、著書『生きがい発見の心理学』の中で、こんなふうに言っています。

人生をタフに、さわやかに生きていくために最も必要なものは、わかり合えない人とは、わかり合えないままでいい、と認める勇気をもつこと、必要ならば、余分な人間関係、無理な人間関係や付き合いを「捨てる」勇気をもつことだ、と。

ほんとうに そうですよね。 あまりに過剰反応しすぎて疲弊しきってしまうより、同じ職場や家族や近隣など、物理的には切れないかもしれないなら 心理的には 境界線を引くことが 大切になってきます。

とはいえ・・・ちょっと価値観や捉え方が違うからと、すぐに排斥したり攻撃したり、或いは自信喪失したりの過剰適応することなく、或いは さっさと見切りをつける前に、ちょっと違った角度でものごとや人をみてみることで、案外、「な〜んだ・・」という視点が開けたりもして・・

3/18の「それいゆ」主宰のセミナーでは
そんなところも、お伝えしていけたらと思います。是非ご参加下さいね。
(08年1月) あなたの2008年を
   どんな年にしたいですか?

年末に行ったバリで、アーユルヴェーダに基づいた、シロダーラ、といわれる施術を初体験してきました。
脳のマッサージともいわれるこの手法は、眉間のあたりにオイルを垂らし続けるもので、
一種の瞑想状態になるとされているところに 興味を感じたのです。

実際に体験してみると 色々な雑念が頭を巡ってしまい、
無心になりきれずに終わってしまいました。
期待していたものとちょっとずれたような感じで、まあ、いい体験だったな、という程度の感想だったのです。

ところが・・施術が終わってふと気づいてみると、
11月半ばからいつもぬぐえなかった胃重感と鈍痛が、すっきりと解消していたではありませんか!
そういえば、 シロダーラには脳の循環を強化し、
不眠症や不安感の解消、精神的ストレスの緩和、などが期待でき、強力なデトックス作用があるのだそうです。

シロダーラを受けたいな・・と思った時点で、必要なことを、私は潜在的にきちんと把握できていたのでしょう。
瞑想体験ができる云々より、胃の不快感から解放されることはもっと切実な希望だったのですが 
シロダーラにそれを期待してはいませんでした。
でも、興味の赴くままに選択した施術に対して 躰は正直に反応し、必要な作用を、素直に受け止めていたのでした。

善なるものを期待しながら、興味のアンテナがぴぴっと触れたとき、
その直感を大切にしていくことが、自分を、幸せでくつろいだ状態へ導いてくれることになるんだな・・と 
改めて 気づかされた出来事でした。

直感を大切に・・それは 自分を信じる、ということにもつながります。
みなさまも、ご自身の直感、大切にしながら。。今年もお健やかにお過ごしになれますように。
(10/1/07) 目にもご馳走のクラシック

 
9/29、アンドレ・リュウのコンサートに行ってきました。
世界のワルツ王、の異名をとり、バイオリン片手にザ・ヨハンシュトラウス オーケストラを率い
およそ クラシックコンサートらしからぬ動きのあるパフォーマンスを繰り広げる、3時間以上にも及ぶ舞台。

昨年はじめて行って大感激し 今年、二回目の鑑賞となりましたが
期待にたがわず、素晴らしいパフォーマンスでした。

クラシックで オーケストラの演奏者やクワイヤ、コーラスの方々も黒い衣装が当たり前。。。
のようになっていますが
こちらのサイト(→)のとおり
舞台上の女性達は宮廷さながらの華やかなドレス衣装。
そのどれもが個性的で色も美しいパステル調。
譜面台も薄いグリーン、演奏者の乗っている台もきれいにドレープを施されたきれいなペールブルーに覆われ
見ていても心躍るようです。

アンコールでは沢山の色とりどりの風船が落ちてきて盛り上がりも頂点に達します。
目でも楽しめるクラシック。。
来年も是非、日本公演がありますように!
9/3/07 みんなのチカラ

8月のL2は当校として初めての青山での開催。
とてもいい感じの部屋で
このときに集まったメンバーはそれぞれのオリジナリティを互いに認め合い 尊重しあって
お互いのよいところを引き出しあい、また気づきをもたらしあう という
ほんとうに素晴らしい相乗効果が生まれました。

クラスによっては
個人個人が自分の世界で探求を深めていきたいというときも
あります。

ランチ場所もその形態も自由ですので
みなさん一緒に出掛けたり 或いは1人で中でランチ・・
など、クラスによって特長があります。
そのどのときも 一番いい気づきが訪れていきます。

とはいえ
クラスの盛り上がりがあって それぞれが 人生の節目ともいえる 大きな変容を迎える、
そうした様子に同席できることは
受講生さんにとっても もちろん 講師の私にとっても ほんとうに喜びにみちた体験となります。

秋の各レベル講習がアップされました。
今回は どのようなクラスになるでしょう。
7/18/'07 機織り 
 
先日、結城紬の里(→)に行って結城紬の機織りを体験(→してきました。

いざり機、という本格的な織り機で体を機に固定させて
機と一体になって全身で織り上げてゆきます

思わず、”女工哀史 ああ野麦峠(→)”が一瞬頭をよぎりましたが
慣れていくうちに
次第にからだが覚えてきて無心で機に向かうようになり・・
あっという間に1.5時間が過ぎていました。
息子がやりたがり
大人サイズの機にどうやって適合させるのか心配でしたが、スタッフの方がなんとかして下さって、息子にバトンタッチ。
私の心配をよそに、慣れるのは私より早く、いい勢いで 織っていました。
それにしても・・・
手も心も注ぎ込んで ようやく一反が仕上がるのだ・・・と思うと
ほんとうに心が打たれます。

機の後ろには
織っていく絹糸が束になっていました
どれも 蚕から糸を手で紡ぎ、藍や桜で染めた物でした。
つややかで しっとりしていて 
自然のもつ柔らかさと同時に 凛とした光沢を放ち、
それはそれは 美しい糸でした。。
7/1/07 感性を信じる

今年になってから私は 香道 を お稽古し始めています。
同じ香木でも、その香りは さまざまなニュアンスに感じられます。
香りを聞く時の体調によっても 微妙に揺らぐものなのですよね。

無心になって感性を信じて 香りを聞く・・・それは 少し 瞑想にも似た 静かなひととき。

香りが 色を伴っているように感じることもあって 興味深いものです。

 ブルーライト 
ブルーライトを 犯罪抑止カラーとして外構やエントランスの照明に美しく組み入れた
大京のマンションができました。

ブルーには、
冷静・沈着・クール・落ち着いた・・
そうした印象があることは皆さま、思い当たりますよね。
ブルーのライトを
セキュリティー目的で配する、というのは 印象によるものではなく
実際に、犯罪抑止効果が国内外で実証されてきている、そうした裏打ちがあるものなのです。

元々は、2000年、イギリス北部・・グラスゴーの市の目抜き通り、ブキャナンストリートで
景観改善のために 街灯をオレンジ色から青に変えたところ思いもかけないことに犯罪が減少。
そこから 青色の街路灯が注目されはじめた・・・
というニュースを知った奈良県警が2005年に青色の防犯灯を試験的に導入した、というのが 
日本への導入と なりました。

奈良県下では2006年末現在で60カ所に 2,088基の青色防犯灯が設置されています。
実際、設置エリアでの犯罪は減少傾向にあるのです

「ライオンズ梅島デュオパレット」はより安全性が高く より美しい、
住まう中で 喜びと安らぎを感じられる機能とデザインを・・という
幾多のコンセプトの一つとして ブルーの美しい照明を 効果的に取り入れた 画期的なマンションなのです。


11/18/06 ●● 色と歴史・・濃色(こきいろ) ●●

これは、深い紫色のことです。
推古天皇の時代 聖徳太子によって冠位十二階が定められ、
冠位によって 色を制定し、自分の位より上の色は着てはならない、とされました。
天皇に次いで、臣下での最高位を示すのが この色。
至極色(しごくいろ) とも呼ばれます。

さて、十二冠位の制定された4年後、607年には遣隋使が派遣されています。
異国・異文化・異なる言語・・・随とのコミュニケーションを図るため
十二冠位が制定されていたことが
双方にとって利益が大きかったことは想像に難くありません。
今で言えば、誰が総理大臣で 誰が官房長官で 誰が大使で・・・
色がそれを見分ける役割をしていたのです。

基本となったのは 和・隋ともに 五行(ごぎょう)に相当する五色(ごしき)への理解でした。

色は昔から非言語的コミュニケーションに大きな役割を持っていたのです。

因みに、推古天皇は 欽明天皇と 蘇我家から嫁いだ皇太夫人との間に、
554年に生まれた3番目の皇女。
そう、推古天皇は、我が国初の、女帝だったのです。
18才で敏達天皇に嫁ぎますが、34才で夫の死により未亡人に。
その後、592年、38才のとき第33代天皇として即位したのでした。

即位した翌年には 用明天皇の皇太子である聖徳太子を摂政とします。
冠位十二階を制定したとき 聖徳太子は31才、推古天皇49才。 
当時、才気活発で若い聖徳太子は カッコいいファッションリーダーでもあったのでは・・・などと つい イメージが膨らんだりしてしまうのでした・・・。

この色が好きな人は 以下のような特質がある、かもしれません。
 ・独特の気高い美意識を持つ
 ・哲学的・思索的な価値観が備わっている
 ・時に 回りから理解されにくい
 ・一見地味だが実は深い情熱を秘めている


1/14/’07 ●● 紋章の色 ●●
紋章の起源は12世紀頃。
ナイト達がヘルメットをかぶると 視界が かなり悪くなるので 敵味方を識別するための印として
楯に模様を描いたことによるそうです。
なので、紋章は楯の形をしているのですね。

その後、紋章は 戦地での識別記号の役割に留まらず、
王侯貴族の身分を示すステイタスシンボルにもなっていきます。
13世紀になると 
各種団体、都市、のシンボルとしても紋章は広く使われるようになったそう。
さてさて
大元の紋章は 楯に使われたわけですが
そこに使用される色は 通常、金・銀・赤・青・黒・緑(時に紫)の原色、
と 決められていたといい、
中間色、淡色はなかったそうです。
敵味方を見分けるための色ですから 曖昧さを嫌ったわけですね。

『歴史としての身体』(池上俊一)によると
紋章に使われた色のうち、1200年頃には全体の65%が 赤 。
しかし 1200年末には 赤比率は 35%まで落ち込みます。
対して、
1200年初 5%程度だった青は次第に増え、16世紀頃にシェアを35%まで 伸ばしたといいます。
これは、
ブルボン王朝がユリ紋章のベースに青を用いたことが背景にあったのだと考えられています。なるほど。

青はまた、
忠誠を示したり、高貴な血統を表す色でもありますから 紋章の色としても多様されたのでしょう。

日本人で 好きな色は?と聞くと最も多く答えが返ってくるのが 青。
これからしばらく、青について 
お話しをしていきましょう。